フランスの作曲家エリック・サティが、1800年代後期から発表した「3つのジムノペディ」や「グノシエンヌ」などの作品郡は、「家具の音楽」、「生活の中に溶け込む音楽」などと称され、家具のようにそこにあっても日常生活を邪魔しない音楽、意識的に聴かれることのない音楽として、現代においても全く寂れることなく世界中で聴かれています。またその先進的なコンセプトから、彼はアンビエント・ミュージック(環境音楽)の始祖と言っても過言ではないでしょう。
アンビエント音楽の過去・現在・未来
1978年イギリスの音楽家ブライアン・イーノのアルバム「Ambient 1: Music for Airports」のリリースで一般的に産声を上げたとされるアンビエント・ミュージック。イーノは「アンビエント・ミュージックは興味深いのと同じくらい無視できる存在でなければならない」とその定義を述べています。アンビエント・ミュージックは、音色や雰囲気を重視した音楽ジャンルです。受動的リスニングを可能にするため、音楽的構成・リズム・構造化されたメロディを特に持たないことが、穏やかさや冷静さ、瞑想の感覚に聴く人を導いていきます。このジャンルは、雰囲気・視覚的・平穏な感覚に特化し、基本的にシンセサイザーが多用されますが、自然音をミックスしたり、ピアノ、弦楽器、フルートなどのアコースティック楽器がフィーチャーされた曲も数多くあります。
アンビエントは、ムーグ・シンセサイザーなどの新しい楽器が広くマーケットに導入された1960年代後半から1970年代にかけて飛躍的に発展してきました。フランスのミュジーク・コンクレート(具体音楽)、ミニマル・ミュージック、ジャマイカンダブ、ドイツの電子音楽など、様々に分化し結合しながら現在の形になってきたのです。そして1980年代後半、ハウスやテクノの隆盛とともに対比するチルアウト/ラウンジとしてのアンビエント・ミュージックはさらに発展し、1990年代にはエイフェックス・ツインやジ・オーブのようなスターを輩出しながら、ニューヒッピーやゴアトランスなどとの親和性の良さを発揮し、宇宙の彼方へと我々を誘いました。
2000年代に入ってからの密かなアンビエント・ムーブメント、「ローアーケース」は、超ミニマル・アーティストのスティーヴ・ロデンによって作られ、非常に静かな音、そして長い無音を含んだアンビエント・ミニマリズムの極端な形式を特徴としています。 紙を様々な方法で扱う音を録音して制作したロデンの代表作「Forms of Paper」は、作品としてLA公共図書館に委嘱されています。他のローアーケース・アーティストの作品には極端に実験的な作品として、人間の可聴領域外の低周波や高周波のみで音楽を構築したものもあります。また、うなり音や持続低音を特徴とした「ドローン」など、細分化されたアンビエント・ミュージックはこれからも様々な表現方法を吸収して変化を続けていくことでしょう。
ある側面として、アンビエント・ミュージックは商業的に大きな成功を収められるようなジャンルではなく、一部の人たちからは「退屈で無意味・技術的に無法的な即興演奏」などと批判されたりもします。しかし一般的なPOPミュージックと違い、一風変わったジャンルとしての音的可能性を担い、広げているのがアンビエント・ミュージックの特異性な訳で、こういった批評はお門違いだと思います。
インターネット全盛の現代となってから、アンビエント・ミュージックは近未来デザインやサイバーパンクなどのコンセプトに対して、最もフィットした表現方法の一つとしてその存在感は次第に大きくなってきています。エレクトロ的世界構造の密度が増せば増すほど、アンビエント・ミュージックは未来の "環境" 音楽として日常に溶け込んでいくことでしょう。
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